小沢信男著作 172

 中野重治さんが本所に住んでいたところを走っていた市電はどの系統であったろうか
と記しましたが、小沢さんの文章には、昨日に引用した先のところに「電車も23番の
都電が走っていた」とあるではないですか。まったく何を見ているのでありますか。
 中野重治さんの「街あるき」という作品は、中野全集には「歌のわかれ」と
「むらぎも」とあわせて第5巻に収録されています。なかなかとらえどころのない作品の
ように思いますが、中野重治という作家には、当方のような読者を喜ばせようという
サービス精神がないからでありましょう。
 小沢さんは、次のように評しています。
「短編『街あるき』の末尾の、天秤棒をかついだ紺絣の女とすれちがう場面・・
紺絣の胸を盛りあがらせ、天秤の荷を持ちあげくだりなど、素朴にユーモラスで、人間の
尊厳に快く打たれる。そんなディテールに出会う楽しみが、中野重治全集を手にして飽き
ない所以であります。」
 小沢さんのいう「素朴にユーモラス」というのに反応することなくしては、中野作品を
うまく読み解くことができないようであります。