小沢信男著作 127

  小沢信男さんが読む野呂重雄作「ベトナム最後の砲弾」であります。
 かってベトナム戦争というのがありました。ベトナムが分裂国家であったことや、
北ベトナム間で戦争があったのは、いまでは遠い昔のことになっています。
ベトナム最後の砲弾」というのは、南ベトナム大統領 ズオン・バン・ミン将軍が、
即時停戦を命じた1975年4月30日午前10時15分に、それを聞いて昂奮した砲撃手が。
自分の真上に向けて砲弾を打ち上げてしまったことから始まります。
 なんといっても30年間も続いていた戦争が終わったのですからね。
 ベトナム戦争というのは、形の上では南ベトナム国家内の内戦といえばいいので
しょうか。USAが支援する政府軍と、その政府を倒そうという解放軍(ソ連・中国の
支援を受けた)の泥沼化した闘いでした。
 この戦争のために、日本国内にあるUSA軍の基地もフル回転であったように思います。
 一砲撃手が打ち上げた砲弾は、なぜか落ちてこないのでした。 
 
 即時停戦が発せられる数時間前に、サイゴン北の激戦区で、解放軍兵士、ラオ・バン・
チェンは小銃弾に胸を打ち抜かれて死に、タマシイとなって浮揚しました。タマシイが
サイゴン上空にきたとき、そこにはここ数日の首都攻防戦で死んだ敵味方のタマシイが
足ぶみしながら、ただよっていたが、打ちかたやめの放送が聞こえたので、いっせいに
あの世に移動を開始した。
 ラオ・バン・チェンが、ひたすら天空にむけて上昇していたとき、気づくと彼のそば
を飛んでいるのはタマシイではなく、砲弾だった。どうしたものかと思っていると、
砲弾は反転して落下しはじめた。ラオ・バン・チェンは砲弾にとびついて、落下をとめ
ようとした。砲弾の重さをささえきれないので、助けをもとめたらタマシイたちがどん
どん集まってきて、砲弾にしがみついた。アメリカ兵もベトナム兵も黒人兵もいる。
 こうして敵味方のタマシイたちが砲弾にしがみついたおかげで、砲弾は人々が多く
あつまっている広場をさけて、サイゴン川に落ち、水柱をあげた。
 野呂さんの作品は、次のように終わります。
「 人々は胸をなでおろした。空がにわかに曇ったかのようにおもわれ、見あげると、
太陽にむかって、四方八方から駆け昇る無数のウロコ雲が見えた。なにかはしゃぐよう
な声も聞こえた。」
 小沢信男さんの評です。
 戦争が即時停戦になった時に、砲撃手が空にむかって砲弾を放ったことについてです。
「そんなばかな、と言うならその通りの、これは絵空事でしょう。しかし、それほどに
爆発的な歓喜なのです。ことばでは言い尽くしようもないこころは、いっそありそうに
ない絵空事を描くことで、かろうじて表現できるのかもしれません。・・・
 いまのいままで恐怖の殺し合いの火を吐いていた砲口を、もうその必要がない真上へ
むけなおすことも。命拾いの祝砲をうち鳴らすことも。いうなら虚のなかの実であり
ます。
 ちなみに、ズオン・バン・ミン将軍は実在の人物です。ベトナム戦争も実在の、長い
長い戦争でした。その点、この作品はきわめて事実に即しているわけで、いうなら実の
なかの虚でもあります。」