小沢信男著作 10

 「犯罪紳士録」の「三面記事考 序にかえて」に話を戻します。
「私が言いたいのは、この種の事件記事が、明治このかたどれほど進歩しているか、
一世紀前よりむしろ遜色がありはしまいか、ということだ。・・・・
 こんにち新聞社の”公正”は、警察発表の鵜呑みの代名詞でしかないのではないか。
その程度の役にしか立たないわけだ。
 明治の記者諸公のほうが、よほど筆をみがき、しばしば”公正”くそくらえの換骨
奪胎に精だしている。そこで時にはヨタ記事になる。けれども事件の真実は、どんな
小さな事件でも、やはり虚実皮膜の間にあるのかもしれないのだ。それは人々が生ま
身で演じた、または演じざるをえなかったこの世のドラマだから。」 
 小沢信男さんは、警察の記者クラブにたむろする大新聞の記者たちにけんかをうって
いるように見えますが、実際にそうなのですね。引用したところに続いてのところには、
次のような文章があります。
「 こんにちの新聞社では、社会部はむしろ花形だ。テレビ・ドラマの主役たちにも
なるくらいで、うっかりすると世間から尊敬される。一流紙のバッジを胸につける
身分というものは、いやでもエリート階層で、やはりそのむかしの大新聞のほうに
つながる。軽蔑されながら人々に呼びかけるという度胸を、おそらく喪失している。
 小新聞の伝統はどこにあるか。」
 小新聞の伝統は、犯罪ルポなどに取り組んでいるフリーのライターの気持ちの
なかにありというのが、小沢さんの言いたいことでありますね。
そういえば、旧制中学から病気療養の紆余曲折を経て日大芸術学部卒という経歴の
小沢さんは、旧制高校から帝国大学で生まれたエリートたちの文学同人誌のメンバー
の活動を複雑な思いで見ていたようです。それと同様の思いが、大新聞の記者と
フリーの取材記者の間にもあったようです。
                *
「犯罪紳士録」に収録文章は、以下のものです。
・ 三面記事考 序にかえて   「グラフィケーション」
・ 底辺 人非人吹上佐太郎伝   
・ 村落 狂恋鬼熊事件
・ 美談 天国に結ぶ恋の顛末  「講座コミュニケーション第5巻」
・ 蒸発 女子高生籠の鳥事件  (*再録)
・ 差別 何が彼女を嬰児殺し  (*再録)
・ 家族 マイホーム合戦姑殺し (*再録)
・ 権力 競争社会弟殺し
・ 財産 勤倹貯蓄双艦
・ 景気 詐欺師自転車操業
・ 崩壊 天城山子連れ心中
・ 犯罪紳士録 明治大正昭和  「書き下ろし」 
・ あとがき
  無印は、すべて「問題小説」に掲載のもの。
 「犯罪紳士録」が刊行されてから4年後の84年9月15日に、小沢信男さん初めての
文庫となりました。

 この文庫となるにあたって、あらたに「文庫版あとがき」が書かれ、巻末の紳士録
に3人が追加となっています。