活字が輝いていた時代

 先日にまちのブックオフへとよりましたら、単行本が一冊500円というセールを
していました。そこで次の本を見つけました。

活字が消えた日―コンピュータと印刷

活字が消えた日―コンピュータと印刷

 晶文社からでているこの手のものは、ぜひ買っておかなくてはと思いながら、買う
機会もなしで現在にいたってました。値段が5百円というのがありがたいことで、
無条件で買わせていただきました。(その昔に京都には「ナカニシヤ書店」という店が
ありましたが、このナカニシヤさんは、いまでは出版社となっています。中西印刷と
いうのは、このナカニシヤさんとは無関係なのでしょうが、なんとなくイメージが
かぶったりします。)
この「活字が消えた日」を見ていて、こういうことであったのかと思ったのは、次の
くだりになります。
「タイへ行けばタイ語の活字はある。ビルマへ行けばビルマ語の活字はある。そやけ
ど、西夏文字の活字は全世界中さがしても、うちしかあらへん」
 これに続いて著者である中西秀彦さんの解説です。
西夏は十二世紀、中国西方にあった強国で、映画にもなった井上靖の小説『敦煌』で
有名である。ここで使われていた文字は漢字に似ているが漢字よりもはるかに画数の
多い独特な体系をもっていた。だが、西夏が蒙古に滅ぼされてのちはほとんど使われる
ことがなかったので、誰にも読めなくなっていた。厖大な文書が残っているだけに、
この文字を解読できれば、中国西方の文化や歴史が解明できるばかりか、仏教教典の
伝播過程を知ることもできると期待されていた。この文字の解読に成功したのが、のち
京都大学文学部長、図書館長を歴任することになる若き俊秀西田龍男博士である。」
( 西田龍雄博士が正しい表記です。)
西夏王国の言語と文化

西夏王国の言語と文化

 西田龍雄さんが西夏語の解読に成功したというのはずいぶんと話題になったように思
います。当方は、岩波のPR誌「図書」で、そのことを読んだことがありました。これを
論文にまとめたのが西田氏の博士論文で、それを一般むけに出版したのが、上記の書籍
なのでしょうか。
 こうした研究を発表しようとして一番問題になるのが、印刷しようにも文字がない
ことであります。西田先生が、学士院で講演を行ったときの司会者の紹介には、次の
ようにありだそうです。
シャンポリオンロゼッタストーンの解読にも劣らぬ居庸関(漢字・サンスクリット
文字・ウイグル文字・パスパ文字チベット文字西夏文字の6種類の文字で刻まれた
経文がある)の西夏文字の解読をされた方。東アジアの言語と文字、特にチベット
ビルマ諸語がご専門であるが、大学の言語学の教授というお立場から、ヨーロッパ諸語
に対する見識もお持ち。ご研究は中国周辺諸語の辞書・文法書まで作ってしまうという
形で進められ、特に西夏語に関しては論文を発表なさるにも文字がなかったので、それ
を作るところから始められた。」
 研究を発表しようとすると、印刷せざるを得なくて、印刷するためには活字をつくら
なくてはいけなかったということです。西夏語の活字なんて、ほとんどまったく使われ
ないのですから、どこも引き受けないでしょう。
「それでや、西田はんは論文は書いてはったけど、体系的な本がだせんままやった。
なにせ西夏文字の解読書やから、西夏文字を印刷せんならんのやけど、これがどこに
もできひんのや。ある大手の印刷会社でこころみたらしいが、あまりのむつかしさに
音をあげた。・・そこで、世界中の文字をつくってきたわしとこの経験が生きた。
この『西夏文字の研究』の印刷をやったわけよ。西田さんの研究書はその後うちで
何冊も印刷させてもろてる。」
西夏語の研究―西夏語の再構成と西夏文字の解読 (1964年)

西夏語の研究―西夏語の再構成と西夏文字の解読 (1964年)

学術書というのは努力のわりにむくわれんもんでな。西夏文字の研究書をつくった
り、緬和辞典つくったりしたら、普通の十倍ぐらい手間がかかるんやけど、値段は
二倍もくれはらへんわな。・・いくら学術出版の灯を守るといっても会社自体がなり
たたんようになったのではおしまいや。」