杉浦康平のデザイン10

 臼田捷治さんの「杉浦康平のデザイン」からの話題をつづけます。
「豪華本ではない通常の市販本でも杉浦の常識をくつがえすブックデザインは怒濤
のような勢いで続いていた。なかでも読書人をアッと驚かせたのが、1975年に刊行
された稲垣足穂の『人間人形時代』(工作舎)である。」
 この本が新刊で書店にならんだ時に、手にした記憶があります。当方は相当物好き
でありますので、話題づくりのため、この本を買おうかとも思いましたが、かろう
じて思いとどまった記憶があります。
「 なんといっても度肝を抜かれるのは、本全体を直径七ミリの穴が貫いていること。
当然のことながら、全ページにわたって、その穴の周縁を文字がさけるかたちの特異な
文字組がほどこされている。『人間の口と尻はつながっている』とする作家独自の人間
腔腸動物論に沿った試みであり、穴が貫通することで、紙の集積である書物がそなえる
三次元の空間性を大胆に浮き彫りにしている。」
 おちゃらけて本の中心に穴を貫通させたのではなくて、当代きっての理論派デザイ
ナーが支持したのですから、話題にならないはずがありません。この本の版元代表
松岡正剛でありますが、こうした杉浦の意図を形にするために、大変苦労したようで
あります。
「この穴を穿つという作業は製本所では請け負ってもらえず、書籍製本とはまったく
無縁の小さな鉄工所に委ねたものだと、当事者の松岡から聞いたことがある。また、
刊行年にちなんだ千九百七十五円という定価設定は書店から顰蹙を買ったと松岡は
いう。消費税導入以前の五円という端数は、つりの必要がでた場合、書店にとって
はなはだ迷惑なことだったのである。」
 かってレコードを購入するときに、ジャヶ買いという言葉がありまして、それは
音楽よりもジャケットの良さにひかれて購入するというものですが、それと同じで
本についても装幀買いというのがあるとすれば、杉浦康平さんのものなどはその
有力候補でありましょう。