女の夢 男の夢 3

 田邊園子さんが担当した作家で、いちばん付き合いがながかったのは、
野間宏さんで、「青年の環」の連載を再開してから完結するまでの6年余も
一緒でありました。
 この作品の完結の時のことを田邊さんは、次のように書いています。
「 1971年1月に『青年の環』が完結刊行されたときの喜びを私は忘れる
 ことができない。時間的にも精神的にも長い拘束から解放された嬉しさで、
 綱を解かれた犬のように走り回りたい気分であったが、野間宏と坂本一亀は
 私とは違っていた。彼らは二十年に亘る目標を失ったのだ。野間宏は大きな
 喪失感も落ち込んだらしく、誰彼になく、死にたいと口走り、坂本一亀は
 がっくりと一挙に老け込んだように見えた。」

 野間宏さんは、ほとんど一般の常識というものが欠如していたようでありまして、
作家としてはともかく、とっても仕事以外で親しみを感じるとは思えません。
「 野間宏は、現実をあるがままに認識することよりも、夢想と幻視の能力に
 恵まれていた人である。意味のなさそうな現実に実際以上の誇大は意味を見いだし、
 想像力によって展開させる特殊な才能をもっていた。常人の持ち得ぬこうした能力は、
 創作に向かう作家にとっては大きな天賦の才であり、だからこそ八千枚もの
 大作ができてしまったとも言えるのである。」

 この作品を書き上げたあと、河出書房の役員の一人が、「野間さん、また長編を
書いてください」といったところ、野間宏は、次のようにこたえたそうです。
「『僕に女性の編集者を付けることです。女性の編集者を付けるなら、また長編を
書きましょう』と自信ありげに答えた。その言葉が、かすかな屈辱感とともに私の
胸に突き刺さった痛みを、野間宏氏は決して理解することのない人物だった。」
 なんともいやな人物ではないですか。